在籍出向が今注目を集めています。そもそも出向とは?種類は?どんな違いやメリット・デメリットがあるのか?などといった疑問から、契約内容まで、詳しく解説していきます。

目次

在籍出向と転籍出向(移籍)、派遣の違い
在籍出向のメリット

在籍出向で使える産業雇用安定助成金とは
包括的な同意と個人の個別の同意の必要性
労働条件・給与・就業規則はどのようになる?
出向で生じる労働条件の問題点
労働条件の変更権限は出向先?
在籍出向を正しく理解して問題を回避する

■在籍出向と転籍出向(移籍)、派遣の違い

在籍出向と転籍出向(移籍出向という場合もある)では、出向元、出向先、従業員の3者の関係が異なります。企業として一番押さえておきたいのが労働契約についてです。

【在籍出向】

在籍出向とは、出向元に在籍したままま他社に出向となります。そのため、従業員は出向元と出向先の両方と労働契約を結んでいる必要があります。また、出向元企業と出向先企業の間では出向契約が結ばれています。従業員は、在籍出向期間中は出向先に勤務しますが、出向元企業との労働契約を結んだままになっているので、出向期間やミッションを終えたのち、また出向元企業に戻ることが基本的には決まっています。

在籍出向の契約関係

在籍出向 関係図

【転籍出向】

転籍出向は、出向元と従業員の間にあった労働契約を解除し、出向先に転籍します。従業員は出向先企業とのみ労働契約を結びます。また、出向元と出向先の間には、転籍契約を結ぶ必要があります。さらにこれらの契約をまとめる役割を持っているのが出向元の企業です。在籍出向とは異なり転籍をしているため、従業員は出向元企業に戻ることは基本的にはありません。

転籍出向の契約関係

転籍出向 関係図

また、転籍出向の場合、3者の契約が無事成立し、従業員が出向先に勤務したあと、出向元に戻るということは基本的にはありません。場合によっては、転籍出向でも出向元に戻す場合もありますが、それは転籍出向とは別に約束をしていた場合のみです。

在籍出向は、従業員は出向期間中も出向元の従業員であるのに対し、転籍出向は、従業員は出向元の従業員ではなくなるということを理解しておかなければいけません。

-在籍出向と転籍出向(移籍)の違いまとめ-
在籍出向と転籍出向は、労働契約をどこと結ぶか、すなわち“どの企業の従業員なのか”によって形式が分かれている。

【労働者派遣】

派遣は在籍出向と同様に3者の関係が存在しています。ここで、便宜上派遣元のA社、派遣先のB社、A社に所属しているCさん、とします。これらの3者がどことどんな契約をしているのかの違いがあります。

在籍出向の場合、A社とCさん、B社とCさんは労働契約、つまり雇用関係にあり、A社とC社は出向契約を結んでいます。それに対して派遣は、A社とCさんは労働契約を結んでいますが、B社とCさんは労働契約を結びません。B社に与えられているのは、このような仕事をしてくださいと指示を出す指揮命令だけです。A社とB社が結ぶ契約は出向契約ではなく労働者派遣契約という名前のものになります。

労働者派遣の契約関係

労働者派遣 関係図

ここからわかることは、在籍出向の場合も派遣の場合も、従業員であるCさんはA社とは労働契約を結んでいますが、派遣の場合には結んでいないという違いがあります。勤務先がB社でもB社で雇われているわけではないということが、重要なポイントです。

また、仕事内容以外に労働条件を変更を変更しようとした場合、在籍出向と派遣では手続きの方法が違うので混同しないように注意が必要です。派遣の場合はB社はCさんの雇用主ではないため、直接交渉したり勝手に変更することはできません。雇用契約を結んでいるA社を通してCさんに交渉する必要があります。

この他にも、期間や給料を支払う会社にも違いはあります。

在籍出向派遣
一般的な期間1年以上~無制限3か月~半年(最長3年)
給与の支払い出向元or出向先派遣元
出向先での雇用形態正社員非正社員

外から見た場合や働く側のCさんにとって、在籍出向との違いはほとんどありませんが、これらの違いについて企業目線でしっかりと理解することが重要です。

ここで気を付けなければならないのが、在籍出向をした先からの派遣をした場合です。在籍出向も派遣もそれぞれ単体では何の問題もありませんが、「二重派遣」「二重出向」の規制の脱法的手段に該当し違法となる可能性があるので注意をしましょう。

■在籍出向のメリット

コロナ禍において、人材が余る企業と不足する企業が二極化しました。そこで注目を集めたのが「出向」、特に「在籍出向」です。労働力を流動化することで、出向先、出向元の両方にメリットが生まれます。

まず、在籍出向は契約期間終了後出向元に戻るというのが前提です。ということは、一時的に労働力が余っているが、後々戻ってきてほしい有能な人材が出向対象になるため、出向先企業は即戦力に成り得る人材を雇用できるのです。

また、従業員にとっても新しい場所で経験を積めるため、スキルアップした状態で出向元に戻れるというポジティブな側面があります。

もう一つ忘れてはならないのが、助成金の存在です。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、従業員を休業させている企業に対して雇用調整助成金が給付されていました。しかし、これは徐々に縮小される予定となっており、社員を休業させている企業は給与の負担が大きくなってしまいます。これに代替する形で、「産業雇用安定助成金」が新しく施行されています。雇用調整助成金よりも助成割合が高いため、メリットはさらに大きくなります。

– 在籍出向のメリットまとめ –
出向先)
・即戦力になる人材を採用できる
・採用費を削減できる

出向元)
・従業員のスキルアップになる
・一時的に給与負担を0~数割の負担まで削減できる

両社)
・産業雇用安定助成金の支給対象となり給与負担を最小限にできる

➡参考記事「「雇用シェア」「従業員シェア」ってなに?

■在籍出向で使える産業雇用安定助成金とは

産業雇用安定助成金とは、在籍出向を利用する出向元企業と出向先企業の両方に支給される助成金です。

新型コロナウイルス感染拡大にともない、雇用が難しくなった企業には休業中の従業員に対して雇用調整助成金が支払われていました。ただ、休業させたままでは労働力を余らせてしまいます。一方、休業ではなく「在籍出向」という形をとった場合には「産業雇用安定助成金」の支給対象になります。産業雇用安定助成金は雇用調整助成金より支給割合が高いため、さらに出向元・出向先の両方に支給されるためメリットが大きいといえます。

詳しくは産業雇用安定助成金解説ページでご確認ください。

➡参考記事「【図解付き】雇用調整助成金と産業雇用安定助成金の違いをわかりやすく解説

■出向に当たる同意の必要性

在籍出向と転籍出向では、その性質が違うことを説明しました。企業が従業員に対して出向の同意を得る時にも内容が異なってきます。

まず、どちらの場合も従業員の同意は必須です。在籍出向の場合は、出向元の企業が従業員に対して在籍出向の打診をし包括的な同意を得られれば、従業員に出向をさせることが可能です。企業によっては在籍出向の打診をせず、出向命令という形で従業員に伝える場合もあります。在籍出向は出向元に戻ってくることが前提となっているため、従業員にとっても比較的受け入れやすいといえるでしょう。いずれにせよ、きちんと出向の同意書を交わしましょう。

転籍出向の場合は、在籍出向のように出向命令で出向させることはできず、同意をしないという権利も持っています。また企業側で間違えがちなことは、就業規則の中に転籍出向をさせることもあるということが書かれていたとしても、必ず従業員に個別の同意を必要とするというところです。就業規則に書かれているから個別の同意は不要だと判断し、転籍出向の話を進めてしまうと、従業員から訴えられる可能性もあるので注意が必要です。

転籍出向は、従業員からすると転職をする感覚と近いものになります。それが会社都合のものであれば、従業員は会社の命令によって転職を強いられているのと同等となりますので、法律として働き手を守るために個人の同意を必要としているということです。

企業側としては、どう違うのかを理解したうえでの在籍出向と転籍出向の指示を従業員に出す必要があります。

– 出向に当たる同意の必要性 –
出向は必ず従業員の同意が必要。ただし、在籍出向では出向命令が可能な場合もあるが、転籍出向は従業員にとって転職と同等の負担があるため、より慎重に同意を取る必要がある。

■労働条件・給与・就業規則はどのようになる?

在籍出向と転籍出向では、出向の性質が全く異なるため、事前に決めておかなければいけないことも違っています。

在籍出向の場合は、従業員は出向元と出向先の両方と労働契約を結ぶことになるので、給与、賞与、労働時間、休日、就業規則など、どちらの企業の労働条件を適用してもよいということになっています。出向先のものに準じるとする場合には、出向元との違いに従業員が納得するように出向元の企業が調整をしなければいけません。

それに対して転籍出向の場合は、従業員は出向先のみ労働契約を結んでいる状態になるので、給与、賞与、労働時間、休日、就業規則などはすべて出向先に準じることになります。この場合も、出向元とは条件が異なる場合には、出向元の企業が従業員の納得を得られるように調整する必要があります。

また在籍出向とは違い、転籍出向との労働契約が解除されるので、有給休暇や退職金、社会保険の対応についても、どういった扱いにするのかを従業員に提示しなければいけません。従業員が離職した場合と同じ作業があるということも忘れないでおきたい点です。

– 出向前に決めることまとめ –
在籍出向の場合は出向元と出向先の両者と労働契約関係にあるので、就業規則や労働条件は双方の話し合いによって決定する。給与の支払いもどちらか一方が支払っても、分担して支払ってもよい。それに伴う助成金も受け取れる場合がある。

転籍出向は出向先(転籍先)とのみ労働契約関係にあるので、就業規則や労働条件は出向先の規定に従うことになり、給与は出向先が払うのでその点は明確である。ただし、有給休暇や退職金の引継ぎの有無等は事前に決める必要がある。

■出向で生じる労働条件の問題点

在籍出向、転籍出向では起こりうる問題点も変わってきます。

在籍出向の場合に問題が起こりやすいのは、従業員に出向元と出向先の労働条件の違い、出向期間、出向理由の説明をするときです。出向元と出向先の両方と労働契約を結ぶため、それらの説明において混乱が生じやすいといえます。従業員が重要視する点、例えば、給与はどうなるのか、就業時間や休日はどうなるのか、などを事前に出向元企業と出向先企業で決定し、疑問が生じないようにしましょう。

ちなみに、在籍出向の給与は、労働契約を結んでいる出向元と出向先のどちらが払っても構いません。全額をどちらかが払う場合や、分担して払う場合もあります。在籍出向ではどちらの企業にも産業雇用安定助成金が適用されるため、有効活用するとよいでしょう。

それに対して転籍出向は、出向すれば出向元との労働契約が解除されるという点が一番大きな違いです。そのため、起こりうる問題も在籍出向とは異なってきます。在籍出向の場合は両社と契約するために生じる混乱が問題でした。一方で、一番初めの項目にも触れていることですが、出向先が従業員との労働契約を解除した場合の問題です。ただし、出向元として責任があるのは、従業員が出向先で働く前までのところです。

例えば、出向元と出向先での転籍契約をしたにもかかわらず、出向先が従業員を受け入れる前に、やはり契約を破棄したいと申し出ることは出向先の権利として持っています。その時点で、出向元と従業員の間に話し合いによる円満労働契約解除の処理が終わっていたとしても、この労働契約解除は無効となり、出向元の企業は従業員を雇い続ける義務が発生します。ですが、従業員が出向先の企業で働き始めたものの、出向先の企業が就業規則にのっとった状態で従業員を解雇した場合は、出向元の企業には何の責任もありません。というのが、転籍出向には起こりうる問題です。

もしこれが、在籍出向の場合だと、出向先の企業で働いていた従業員に解雇命令が出されたとしても、出向元の企業に戻ることになります。出向先で解雇になったからと言って、出向元でも連動して解雇にするということはできませんので注意が必要です。 在籍出向と転籍出向では、従業員との契約状況が違いますので、混同せずにしっかり把握した状態で出向の検討をするようにしましょう。

そして正しい出向契約書を交わし、トラブルを未然に防ぐことも大切です。

■在籍出向を正しく理解して問題を回避する

在籍出向は産業雇用安定助成金の登場から昨今特に注目を集めています。在籍したまま他企業で働くことができるため、従業員にも、企業側にもメリットがある仕組みですが、その特性を理解しないとその利益を最大限に生かせなくなってしまいます。

在籍出向で失敗しないためにも、出向契約や在籍出向させる従業員との打ち合わせも細かく行うことが大切です。ぜひ失敗のない在籍出向を行いましょう。