新型コロナウイルスの感染拡大により、雇用維持を目的として従業員を休業させている企業も多く存在します。政府は感染拡大当初から雇用調整助成金の特例措置による企業支援を行い、その支給実績はすでに4兆円を超えています。(2021年8月24日執筆時点)

ただ、雇用調整助成金の特例措置は2021年11月末までで、12月以降は延長の目途が立たない状況で、近い将来には助成金の特例措置が終了することも予測されます(2021年8月24日執筆時点)。

企業側としても従業員の休業を続けることは社員の帰属意識の低下を招くだけでなく、スキルアップが図れないという点でもあまり良い選択肢ではないとされており、大手航空会社が社員を対象に他社への大規模な在籍出向を行うなど、休業から在籍出向へと転換する企業は増えてきています。

そんな中で政府は2021年2月に『産業雇用安定助成金』を創設しました。産業雇用安定助成金は雇用調整助成金とは異なり、出向中の賃金と出向経費を助成対象とし(雇用調整助成金は出向中の賃金のみ助成)、出向を受け入れた企業も支援対象にする(雇用調整助成金は出向元企業のみ支援)など、助成金額と支援対象を大幅に拡充することで在籍出向を行う企業を手厚くフォローしています。

雇用維持を行う企業はもちろん、人手確保が必要な企業も活用できる産業雇用安定助成金についてご紹介いたします。

目次

産業雇用安定助成金とは、在籍出向で使える助成金!
在籍出向とは?
産業雇用安定助成金と雇用調整助成金の違い
産業雇用安定助成金の受給要件
【シミュレーション】産業雇用安定助成金でいくら助成されるのか?
産業雇用安定助成金の流れ
まとめ

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■産業雇用安定助成金とは、在籍出向で使える助成金!

産業雇用安定助成金とは、新型コロナウイルス感染症の影響によって、事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業者が、雇用維持のために在籍出向に対して支給される助成金です。この助成金は、出向運営経費=従業員の給与や、出向初期経費に充てられるため、出事業者は在籍出向を選択しやすくなり、従業員は出向先で働き続けることができます。

出向元となる企業は、在籍出向を行うことで従業員の雇用維持ができるのは勿論、出向中の賃金は出向先企業が一定額~満額負担してくれるので、人材コストの面からもメリットがあります。

出向先となる企業は、在籍出向を行うことで一時的な人材不足を補えるのは勿論、産業雇用安定助成金を利用することで、派遣社員やアルバイトよりも人材を安く雇用できる可能性があります。

■在籍出向とは?

産業雇用安定助成金は『在籍出向』を前提とした助成金です。ここでいう在籍出向とは、出向社員との労働契約を維持したまま、出向先で勤務してもらうことをいいます。そのため出向期間が終了すれば、出向社員は原則出向元企業に戻ってきます。

また、在籍出向と似ているもので『転籍出向』があります。転籍出向とは、在籍出向と異なり出向社員との労働契約を解消して出向先で勤務してもらうことをいいます。出向期間中に出向元企業と出向社員の間に労働契約があるか否かが在籍出向と転籍出向の大きな違いです。

➡参考記事「今注目の出向とは?出向の意味とメリットを解説

➡参考記事「在籍出向とは|転籍出向や派遣と比較しながらわかりやすく解説

在籍出向を行う場合に必要な契約や取り決めについてもご紹介します。

出向先企業が決まったら、出向元企業と出向先企業の間で結ぶ出向契約書を出向社員1人に対して1つ準備します。出向契約書では、出向期間中の労働条件を明記する必要があり、この労働条件は出向先企業との事前の話し合いで決めることになります。ここでいう労働条件は、賃金(出向元と出向先の賃金負担割合等)や出向社員の就業時間、年次有給休暇、社会保険など労働に関する諸条件を取り決めます。

そして、決定した労働条件を出向社員に提示して出向同意書に署名をもらう必要があります。

➡参考記事「在籍出向に必要な手続きとは?徹底解説

➡参考記事「在籍出向に関する契約書や同意書の書き方は?ひな形無料ダウンロード

■産業雇用安定助成金と雇用調整助成金の違い

新型コロナウイルス感染拡大に伴う雇用に関する助成金には、産業雇用安定助成金のほかに雇用調整助成金があります。雇用調整助成金の方が先に施行されており、利用している企業も多いのではないでしょうか。次に、この二つの助成金を比較してみましょう。

両助成金の支援内容の主な違いとしては下記2つが挙げられます。

  1. 産業雇用安定助成金が出向中の賃金と出向に係る経費を助成対象としているのに対して、雇用調整助成金は出向中の賃金のみを助成対象としている点
  2. 産業雇用安定助成金が出向元企業と出向先企業の双方を支援対象としているのに対して、雇用調整助成金は出向元企業のみを支援対象としている点

雇用調整助成金では、出向元しか支援対象にならないのに対して、産業雇用安定助成金を使えば出向元も出向先も支援対象になるという違いがあります。そのため出向元企業と出向先企業双方の利益を考えれば、在籍出向においては雇用調整助成金よりも産業雇用安定助成金のほうが手厚い助成金だと言えます。

さらに、在籍出向を前提とすると、雇用調整助成金よりも産業雇用安定助成金の方が助成額が大きくなります(条件によって変わる場合もある)。助成額については「産業雇用安定助成金でいくら助成されるのか?」で詳しく説明します。

➡参考記事「【図解付き】雇用調整助成金と産業雇用安定助成金の違いをわかりやすく解説

■産業雇用安定助成金の受給要件

産業雇用安定助成金を受給するには特定の要件を満たす必要があります。ここでは助成要件についてご紹介します。

・出向元企業に関する助成要件

出向元企業の助成要件は、下記3つです。

  1. 新型コロナウイルス感染症の影響により経営環境が悪化し、事業活動が縮小している
  2. 最近1か月間の売上高または生産量などが前年同月比5%以上減少している
  3. 労使間の協定に基づき出向を実施し、出向手当を支払っている

また、出向元企業が雇用過剰業種の企業や生産量要件が、一定程度悪化した企業の場合で、出向先が労働者を異業種から受け入れる場合には助成額の加算を行うことになっています。

・出向先企業に関する助成要件

出向先企業の助成要件は、下記2つです。

  1. 出向社員の受け入れに際し、自社従業員を事業主都合で離職させていない
  2. 直近3か月の月平均従業員数が前年同期に比べ大企業は5パーセントを超えてかつ6名以上、中小企業は10パーセントを超えてかつ4名以上減少していない

・出向元企業と出向先企業に共通する助成要件

出向元企業と出向先企業に共通する主な助成要件は下記2つです。

  1. 出向元企業と出向先企業に資本的、経済的、組織的関連性の観点から独立性が認められる。
  2. 雇用保険適用事業所である

しかし、最近の制度改正により令和3年8月1日以降の出向については、出向元企業と出向先企業の間に独立性が認められない場合でも、新型コロナウイルス感染症の影響による雇用維持のために、通常の配置転換が行われた場合であれば助成対象に含まれるようになりました。

・出向に関する助成要件

出向に関する主な助成要件はまとめると下記3つです。

  1. 雇用維持を目的とした出向である
  2. 出向期間は1ヶ月以上2年以内である
  3. 出向が労使間の協定によるものであり、出向社員の同意を得ている

また助成金対象となる出向社員の人数は1社あたり500人を限度としています。

・対象となる労働者に関する助成要件

助成対象となる労働者の主な助成要件は出向元企業に雇用され、雇用法権被保険者であるということです。

ただし、下記を満たす従業員は助成対象となりません。

  1. 被保険者として雇用された期間が6か月未満、もしくは解雇予告されている
  2. 退職願を提出している・事業主による退職勧奨に応じている
  3. 日雇労働被保険者

■【シミュレーション】産業雇用安定助成金でいくら助成されるのか?

では実際に、何に対してどれだけ助成されるのかを見ていきましょう。

助成額は『出向運営経費』と『出向初期経費』を対象として算出されます。

1つめの『出向運営経費』は、出向社員に支払われた賃金や教育訓練・労務管理に関する調整経費など出向中に要した経費のことをいいます。この出向運営経費に一定の割合を掛けた額が助成額となります。出向運営経費に対する助成割合は、企業規模によって変動します。制度上で企業規模は『中小企業』と『大企業』に分けられていて、中小企業の定義は下記になります。

  • 上記条件を満たさない企業が大企業として扱われます。
  • 企業規模の定義に基づき、企業規模が確定すると助成割合が下記のように決まります。
  • 中小企業:出向運営経費の4/5が助成
  • 大企業:出向運営経費の2/3が助成

ただし、出向元企業が解雇等を行わず雇用維持を行う場合、助成割合が加算され下記のようになります。

  • 中小企業:出向運営経費の9/10が助成
  • 大企業:出向運営経費の3/4が助成

制度改正によって助成対象となった独立性が認められない事業主間の出向においては、中小企業が2/3、大企業が1/2の助成割合となります。

また助成金額には上限があり、上限額は出向元と出向先合計で1日12,000円と定まっています。出向社員が1ヶ月に20日間勤務する場合、1ヶ月の助成上限金額は出向元と出向先合計で24万円になります。この金額を超えた場合は出向元と出向先の負担になります。

2つめの助成額算出対象となる『出向初期経費』とは、就業規則や出向契約書の整備費用、出向元事業主が出向に際してあらかじめ行う教育訓練にかかる費用、出向先事業主が出向者を受け入れるための機器や備品の整備に使用した費用等をいいます。

出向初期経費に対する助成額は定額で1人につき10万円です。出向元事業主が雇用過剰業種(運輸業や郵便業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業)の企業に該当する場合や出向先事業主が労働者を異業種から受け入れる場合、出向社員1人につき5万円加算されます。

ただし、独立性が認められない事業主間(子会社等)の出向においては、出向初期経費が助成の対象から外されます。

ではここで、実際に金額としてどれだけの助成金額が出るのかをシミュレーションしてみます。具体例に沿って数字を出してみました。

具体例1

  • 出向対象者の給与は月給24万円 
  • 1ヶ月の内、20日間就業する
  • 出向中の給与負担は出向先B社が全額負担
産業雇用安定助成金シミュレーション1_出向先_24万
産業雇用安定助成金シミュレーション2_出向先_24万
【各計算式】
※1:24万円(支払額)×4/5(中小企業で解雇等を行っている)=19万2千円
※2:24万円(支払額)×9/10(中小企業で解雇等を行っていない)=21万6千円
※3:24万円(支払額)×2/3(大企業で解雇等を行っている)=16万円
※4:24万円(支払額)×3/4(大企業で解雇等を行っていない)=18万円

具体例2

  • 出向対象者の給与は月給40万円 
  • 1ヶ月の内、20日間就業する
  • 出向中の給与負担は出向先B社が全額負担
産業雇用安定助成金シミュレーション3_出向先_40万
産業雇用安定助成金シミュレーション4_出向先_40万
【各計算式】
助成金額の上限額: 24万円=12,000円×20日間(1ヶ月の就業日数)
計算上の金額と上記の上限額を比較して低い方が助成金額となります。
※5:40万円(支払額)×4/5(中小企業で解雇等を行っている)=32万円
計算上の金額が上限額を上回るため、助成額は24万円で打ち止め
※6:40万円(支払額)×9/10(中小企業で解雇等を行っていない)=36万円
計算上の金額が上限額を上回るため、助成額は24万円で打ち止め
※7:40万円(支払額)×2/3(大企業で解雇等を行っている)≒26万7千円
計算上の金額が上限額を上回るため、助成額は24万円で打ち止め
※8:40万円(支払額)×3/4(大企業で解雇等を行っていない)=30万円
計算上の金額が上限額を上回るため、助成額は24万円で打ち止め

■産業雇用安定助成金の申請の流れ

それでは実際に申請をするまでの流れをご紹介します。

  1. 出向元企業と出向先企業とで出向契約を結び、出向元企業と労働組合で労務協定を確認して、出向予定者に出向同意書に同意をしてもらいます。
  2. 出向元企業と出向先企業とで出向計画届を作ったら、出向開始日の2週間前(一応前日でも受け取ってもらえます)までに都道府県労務局またはハローワークへ出向元企業が提出します。
  3. 出向元企業から出向社員が出向先企業へ行き仕事を開始します。
  4. 出向元企業が都道府県労務局またはハローワークへ支給申請をします。これは出向計画届を出した時に任意で決めていた期間(1か月以上6か月以下)ごとに支給申請を作成する必要があります。
  5. 国から助成金が出向元企業と出向先企業に支給されます。

上記の中で、出向計画届や支給申請はオンラインでも受け付けています。

https://kochokin.hellowork.mhlw.go.jp/prweb/shinsei/

まとめ

いかがでしたでしょうか。産業雇用安定助成金は従業員の雇用維持をしたいと願う企業の為に作られた助成金です。出向初期経費に対して1人10万円(場合によってはプラス5万円)と出向運営経費に対して中小企業の場合は最大9/10、大企業の場合は最大3/4の割合で助成金が出るのは経営コストの面からみてもかなり大きい数字ではないでしょうか?具体例で出した金額を見ても、金額の大きさを実感していただけるのではないでしょうか。

ぜひこの機会に『産業雇用安定助成金』を使って雇用維持をしつつ、経営コスト削減を行っていきましょう。

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